【感動の詩!】茨木のり子『倚(よ)りかからず』

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倚りかからず (ちくま文庫)

京野です。

本日から新年度の仕事開始ですね。
以前の会社では、その支店なり営業所なりの上層部が、数人で神社に行ってお参りと破魔矢を頂いてくるのが新年始まりの日の儀式でした。

あっという間に正月休みも終わってしまいましたが、どうぞ皆様よろしくお願いいたします。

40を過ぎて感じること

なんだか、40を過ぎて少し経ちました。
この年になってくると見えてくるものとかが変わってきています。

いろいろあるんですけど、結論を言えば、

「無理しないで、思うように生きろ!

っていうことだと思うんです。
結局人生は1度きりだし、やりたいことをやって(もちろん、人に迷惑はかけないほうがいいわけだけど)、生きるのがいいと思うわけです。

失敗したっていいじゃない。
この日本で飢え死にするわけでもなし。

失敗なんて、あってないようなもんです。

邪魔するとしたら、それは、自分の中のプライドだったり、周りからの見た目を意識しすぎることだったり、常識だったり、思い込みだったり。

周囲の目ってよく言うんだけど、いうほど他人って、他人のことは気にしていないですよ。
意識するほど、こっちのことなんて見ていない。

だから、そういう思い込みみたいなものを、きっちり排除できると、もっと楽に生きられるのではないかな、なんて思ってみたりするんですよね。

茨木のり子氏の詩

さて、今日のネタは何にしようかなと思っていたのですが、
新年にある経営者からメールが届きました。

最近は新年のあいさつを年賀状をやめて、メールで送るところがありますよね。
この会社もそのようです。

で、そこで、とても感銘を受けた詩がありました。
ご紹介しようと思います。

引用:茨木のり子 『倚(よ)りかからず』

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない

もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない

もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない

もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない

ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい

じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば

それは
椅子の背もたれだけ

この詩が含まれている、『倚(よ)りかからず』は、詩集としては異例となる15万部のベストセラーになりました。

倚りかからず (ちくま文庫)

この詩、すごくいいんですよね。

できあいの思想、宗教、学問、権威に振り回されない生き方。
自分が見聞きしたものを信じて、自分の足で生きる。

こういう生き方、したいです。

以下、茨木のり子氏についてまとめてみました。

興味あったら見て下さい。代表作も引用しました。

 茨木のり子氏について

ibaraginoriko

茨木 のり子(いばらぎ のりこ)本姓・三浦(みうら)
生:1926年(大正15年)6月12日
没:2006年(平成18年)2月17日

『櫂 (同人誌)』を創刊し、戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人・童話作家・エッセイスト・脚本家。
戦中・戦後の社会を、感情的側面から清新的に描いた叙情詩を多数創作。
主な詩集に『鎮魂歌』、『自分の感受性くらい』、『見えない配達夫』など。

「わたしが一番きれいだったとき」は多数の国語教科書に掲載され、彼女の代表的な詩となった。(15歳で太平洋戦争開戦、19歳で終戦)

この詩は、米国では反ベトナム戦争運動の中でフォーク歌手のピート・シーガーが

『When I Was Most Beautiful』

という曲をつけた。

代表的な詩の「わたしが一番きれいだったとき」

わたしが一番きれいだったとき
茨木 のり子

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように

東京書籍版「新しい国語2」引用

 

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