【教育論】父は子とどう関わるべきか。私の1つの後悔。

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こんにちは。京野です。

私の二人いる息子のうち、下の子がもう小学校卒業となります。
気づくと背丈もかなり高く(167cmくらい)なっていて、本当に早いなと思いました。

子どもとの接し方について、反省を含めて、ひょっとしたら今後子育てをする人にアドバイスになればと思って書いてみます。

ワーカホリック、で何が残る?

私自身は、ワーカホリックな人間だったと思います。
時間があれば仕事ばかりをしていました。

お酒を飲めないこともあって(また、飲むことも健康を害することに繋がることが多いので)、人付き合いもそこそこだったと思います。

仕事をすることに喜びを感じて、家庭はあまり顧みない。
そんな生活を行ってきました。

でも、それで何が残ったのか。
とても疑問です。

仕事は順調でした。
仕事は何で評価されるかというと

質×量

という単純な式で示せるので、とにかく時間をかければそれなりのものができてしまうわけです。

人より早く出世しました。重要なポジションに若くして就きました。
でも、そのワーカホリックが家庭にどのようないい影響をもたらしたのか。

妻は、金は稼いできても、いつも家庭にいない夫をどうして評価するのでしょうか。
どの息子が父の頑張りを理解し、評価するでしょうか。

父はいつもいない。
休みはいないか、家で休んでいる。

自分たちには母だけが関わる。

家族って、なんだったのか。
最も大切にすべき最小単位だったのではないか。

思いがあれば伝わる、という誤解

思いがあれば、それは子どもに伝わるはず。あるいは家族に伝わるはず、と思っている人は多いと思います。
私もそう思っていました。

まず、思いはあったのか。
絶対にあった。それは自分がよくわかっています。

でも本当に伝わったのか。
伝わっていないと思います。

「思っているから伝わるだろう」

なんて甘い考えです。当たり前ですよね。
家族とはいえ、超能力者じゃないんだから、表に示した行動で初めて評価できるわけです。

愛とは、一緒に過ごした時間ではかれる

私が影響を受けているコンサルタント、大前研一氏が

「愛の量は過ごした時間ではかれる」

と言っていました。

「え?そうなの?過ごした時間?」

私は理解できませんでした。仕事を一生懸命やるのは、家族のため。
家族を安心させるために、しっかり仕事ができる人間になる。それが大切だと思っていました。

でも、そうではない、と今本当に思います。

「過ごした時間」こそが大切なのだと。

なぜならば、人生で最も大切なのは、お金ではなくて時間だからです。

時間とはすなわち、自分の人生。

自分の人生をその人にどれぐらいかけたのか。
これが、愛情だといえる、ということなのでしょう。

今頃、わかってきました。

今しかない、こどもの時間

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子どもの成長は本当に早いです。

考えてみましょう。
そもそも、どれくらいまで親が子どもに関与できるのでしょうか。

うちの感覚だと、中学生になると、相当に関与が弱まります。
せいぜい、小学校まで。

しかも、小学校でも低学年、中学年ぐらいまでが大きく影響するように思います。
その後は、ある程度の距離をもちながら、心を離さず見ている、という感じになります。

だから、手放しでハグしたり、満面の笑みで双方にこたえたりするのって、やっぱり小学生まで。

そういう時に、いろいろな場所に連れて行ってあげて、いろいろ話をすることが大切だと思います。

下の子が1年生になって、生活環境が変わって、ある程度時間がとれるようになりました。
これで下の子には時間を使えたと思うけど、上の子には十分にそれができなかった。

それがやっぱり父親として足りてなかったなと反省するところです。

家族の予定は年間計画で決めておく。

では、どうしたらよかったのか。

やっぱり仕事が忙しい人は、なかなか突然行動しようと思っても予定が入ってしまって無理だと思います。

だから、年間計画を予めつくって、奥さんにも子どもにも「この日は絶対あけるように」と再優先事項にする。

そして、それを実行する。

目的は「家族で楽しい時間を作ること」。

ここで、何を体験するかよりも、一緒に楽しい時間を作ることが、その後、何よりもの思い出資産になると思います。

あまり旅行はしませんでしたけど、少ないながらも子どもと旅行したこと、スポーツしたことは鮮明に覚えています。

そういうのが大切なのじゃないかなと思います。

できたら予算も決めて、毎月貯めておくなんてこともすると、より良いと思います。

月に1回は家族会議をするとかもいいですよね。

とにかくコミュニケーションの場をきっちりあらかじめ「予定」として組み込んでおくことが、なにより大切だと思います。

私も、いまからやらねば。(←やらずに言っています(笑))

PTAとか地域との関わり

私は都内に住んでいるので、田舎とは地域との関わり方が異なります。
やっぱり田舎のほうがどちらかといえば地域との関わりはあるでしょう。

都内は地元の人と、新しい人達で違う文化があるかもしれません。

私はPTAや地域のお父さんとの集まりにも忙しさを理由に消極的でしたけど、やっぱりもっと時間を作って関わればよかったなと反省をしています。
その時しか作れないコミュニティですし。

子どもはやっぱり地域が支えるべきなので、地縁も大事にすべきです。

PTAの役員とかには、積極的に手を挙げて関わっていくのが良いと思います。

ところで、なんでこんな懺悔的な?

最初に書いたように、下の子がもう小学校を卒業することになりました。
PTAの催しで、卒業する息子に手紙を書きました。

しっかり子どもに手紙を書いたのは初めてだと思います。

差出人は「お父さん」なのか「父」なのかそれとも名前を書くのか。
敬語なのか、語り口調なのか。

こんなことまで悩んで書きました。
子どもに手紙を書くってなんだか照れくさいものでした。

その時に、「どんな子に育てようと思ってこれまで来たんだっけ」と振り返りました。
大きくは「心の教育」「体の教育」「智の教育」だったし、それはある程度はできた気がしています。

でも、圧倒的に子どもに割いた時間が短かった。
特に上の子に対してそう思います。

それが何よりもの反省点であり、時間を戻せるならばもっと子どもと時間を過ごしたかった。

もし、これから子育てをする方がいたら、ぜひお伝えしたい。それで書きました。

僕たちの親の世代は、父親が子育てにあまり関与しないことはそれほど珍しいことではありませんでした。でも今はそうじゃないと思います。

子どもを親が育てるのは当たり前のことなはずです。
やっぱり父親も相当な時間、子どもに接するべきです。

足りない父親であることを認識しつつ、同じ後悔をする人が一人でも減れば嬉しいです。

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